三陸への思いは皆さんの両親も同じです。

2007年卒業生の一部はI君のお墓に行くそうです。

その後に北里大学に顔を出したいと言っていました。


私は妻と一緒にこれから三陸に向かいます。
I君やT君の一周忌を
そこで迎えたいと思っています。

I君は陸前高田博物館で、T君は竹駒で
と考えています。


今年一年間、大変につらい思いでした。
子供は無事でしたが、親友を亡くした
長男の辛さははかりしれません。
でも皆さんも同じ気持ちを共有しています。


この震災を忘れるのに何年かかるかわかりません。
でも、北里大学がまた
越喜来で復活してくれることを切に望んでいます。
文が滅裂になりましたが、
3月11日は陸前高田と越喜来に顔を出したいと思います。 

合掌
<保護者 N>
 

 


社会人になってから毎年
3月はカナダの方で、水産関連の仕事をしております。

ただいまカナダ出張中であり、参加できません。大変申し訳ありません。

昨年の三月もこちらカナダにて震災の情報を聞きました。

CNNのテレビにて、凄まじい映像に心が砕け散りました。

震災から早一年が過ぎようとしているのですね。
 

そして現在、私の生活は変わらないまま、震災から一年が経つ日にカナダで仕事をしております。
三陸に「がんばってください」とか「あきらめないでください」とか、簡単な言葉を掛けることがふさわしいのかどうか悩みますが、私が社会人となり、過酷な状況下でも仕事を続けていけるのは、あの3年間の三陸生活があったからだと確信しております。

だから、私は「ありがとう」と伝えたいです。

アパートがなくなっても、校舎が相模原に移っても、北里水産卒業生の思いは、三陸越喜来にあります。

一年経ち、こちらに来て改め思い起こすことがあり、メッセージだけでも送ろうと、メールいたしました。

2000年卒業/新潟県在住・男性>



2000
年卒業の崎浜に住んでいました。

三陸、はじめていったときは何もないことに驚きましたが、

しばらく生活していると、海や山、優しい人たちなど、何もないどころか、本当にたくさんのものがある場所だとわかりました。

今回、参加できず、また、直接の支援もそんなにできていない状態で本当に申し訳ない気持ちで一杯ですが、少しでも三陸生活のなかで学んだことを仕事や生活で生かしてまいります。

<2000年卒業/東京都在住・男性>


  

震災から一年が経ちました。

未曾有の震災から早くも一年というべきか、まだ一年というべきか。

今日、世代を超え、距離を超え沢山の仲間達と共に三陸を想う会に参加できない事を、心底遺憾に思います。

昨年5月に約10年ぶりに三陸入し、自分の目で現実を見てきました。
言葉にならない事実を突きつけられ、思い出も何もかもが流されしまい
涙が溢れんばかりでした。

自分達が育ててもらった三陸に、遠くからではありますがエールを送ります。
今日のこの日は会場に行けない私を含め、
三陸ですごした仲間達すべてにおける特別な日となります事を胸に抱き、皆さんと共に想います。

<2000年卒業/石川県在住・男性>